園長だより 12月号
顔二モマケズ~多様な生き方を認め合う社会に~
師走の声を聞くと、気分も何となく慌ただしくなります。今年も、新型コロナウイルス感染症で振り回された年でしたが、そんな中でも、子どもたちは確実に逞しく成長しています。私たち職員は、子どもたちの明るさに癒やされ、励まされた年でした。来年こそは、ごく平凡な日常が戻ることに期待しています。
数年前、石田祐貴さんについての話を聞いたことがあります。彼は、トリーチャーコリンス症候群を発症し、頬や顎の骨が未発達、欠損した状態で生まれたため、耳の形をつくるなどの顔の手術を小学校1年生から4年生までの間に10回以上受けたといいます。しかし、劇的な変化はなく、「この顔じゃなかったら・・・・」と、落ち込んだとのことです。子どもの頃は、「変な顔」とか「宇宙人」と言われたり、笑われたりしていじめられたということです。さらに度重なる手術により、聴覚障害を併発したため、高校は「聴覚特別支援学校」に通いました。卒業後、「ダメだったら退学すればいい。」という両親の言葉に背中を押され、一般の大学を受験し合格しました。大学では、見た目で彼を避ける人もいたそうですが、多くの友人ができたといいます。また、恋愛なんて縁がないと思っていたそうですが、高校の時、彼女ができたとのことです。その彼女は,「内面が好き」と言ってくれたそうです。
小学校の頃、ひどい言葉を言われてショックを受け、母親に「こんな症状で産んだのが悪い。」と訴えると、返ってきた母親の言葉は、「あなたがこの状態で生まれてきてくれてよかったと思っている。」だったといいます。彼は、「母のようにぼくを受け入れてくれる人たちの存在が、支えになっています。」と述べています。「過去を笑って振り返ることはできないが、忘れられない言葉だ。」とも言っています。
「今、幸せですか。」というある記者の問いに対して、彼は、「心の奥底ではまだ、完全に自分を受け入れていないかもしれません。それでも僕は今、幸せと言いたい。支えてくれた人たちのためにも幸せにならなきゃ申し訳ないと思っています。」と答えています。何という前向きな言葉でしょうか。彼は、現在、筑波大学大学院博士課程で障害について研究しています。「将来は、研究者か学校の先生になりたい。僕だからこそ、子どもたちのためにできることがあると思います。障害がある子に教えながらロールモデル(手本)になれるし、健常者の子なら僕の存在自体が社会を考える教材になる。理想論ですが、僕を当たり前の存在として受け入れてもらいたい。僕が人混みの中を歩くだけでも意味があると考えています。」と語っています。この言葉の意味には実に重たい響きがあります。
様々な人がいて、多様な生き方があっていい筈ですが、残念ながら、偏見は完全に無くなったとは言えません。人の内面を覗くことはできませんが、感じ取ることはできます。人々の意識を変えることは難しいことですが、変えられる可能性があることに目を向け、少しずつ前に進んでいくことに期待したいと思います。「内面が好き」という彼女の優しい言葉には、他者の生き方も受け入れていくという広くて、しかも強い信念が内包されているように思います。子どもたちが巣立っていく社会が、多様な価値観や生き方を認め合う豊かな社会になることを切望しています。
園長 中村洋志